息子たちがまだ半ズボンなんかはいていた、小学校
1、2年生のころでした。
    社会科の授業か何かで、〝おじいちゃん、おばあち
ゃんから体験談を聞こう〟という宿題が出されまし
た。そこで1キロ先の母の家に長男と次男を連れて、
話を聞きに行きました。ち
ょうど隣りにすんでいた
同じ年頃のいとこ3兄弟(私の甥)も加わり、孫5
人が母の体験談を聞きました。
   昭和9年(1934年)3月21日、住吉町の民家か
ら出た火が燃え広がり、函館市の3分の1を焼き尽く
した未曽有の大惨事に母は遭ったのです。
   当時、新川町に住んでいて4月の小学校入学前の出
来事でした。風速20メートル以上もあったという強
風の中、不気味に赤く染まった空の下をランドセルを
背負い、帽子が飛ばされないようにギッチリ押さえな
がら、本町の親戚の家に向かって逃げたそうです。
   この時、母の背中には2月に生まれたばかりの弟が
いたそうです。途中、大森浜の方へ逃げるようにと指
示があったそうですが、親戚のいる反対方向へ逃げた
とのことでした。
この時、風向きが変わり大森浜に
逃げた人たちは悲しい結果になったそうです。
   お雛様も米も全部焼かれてしまったことなど、母の
身振り手振りの迫真の体験談を5人の孫たちは固唾を
飲んで聞いていました。
   話が終わったその時、孫の一人が「この時、おばあ
ちゃんもしんだの?」と聞きました。
   一人のツッ込みもなく皆純真でした。
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 函館大火当時の写真をご覧ください
  
   白石さんから「母の供養になればと思い、まとめて
みました」、とコメント入りで投稿してくださいました。
生涯忘れられない体験をした方のお話は、次世代に継
承していきたいですね。
   NHKテレビ、ドキュメンタリー番組「ファミリーヒ
ストリー」でも、著名人の家族の歴史を徹底取材でひ
もとき、本人も知らなかったルーツ、感動のドラマを
伝える番組があります。
   時代の流れに翻弄されながらも、たくましく生き抜
いてきた市井の人々の「家族の絆」を描いていて興味
深く観ています。