第二項 桔 梗 驛 の 開 業 と 日 本 通 運
◎ 桔 梗 驛
『汽船一声新橋を…』と歌われ、日本で初めて鉄道が開通されたのは、明治五年十
『汽船一声新橋を…』と歌われ、日本で初めて鉄道が開通されたのは、明治五年十
月十四日、東京の新橋(現在の貨物駅汐笛)横浜(桜木町)間であった。当時は陸蒸
気といわれた草創の時代で客車にはタタミが敷いてあり、汽車に乗るとときには座敷
に入るつもりで下駄をぬぎ、降りるときになって下駄が見つからなくて『しまった』
と大あわてしたというユーモアな、そしてのどかな風景であった。
二、三年後、大阪-神戸間、京都-大阪間が開通、明治十三年には全国で三番目に北
海道にも鉄道が敷かれるようになった。これを見ても時の政府が、いかに北海道の開
明治二十九年五月に北海道鉄道敷設法が公布され、法律によって私設会社にその敷
設を許可することができるようになり、北垣国道(元道庁長官)を社長とし、函樽鉄
道株式会社を設立して工事の準備にとりかかったが、その後定款を変更し、社名を北
海道鉄道株式会社と改め、園田牧場主、園田実徳氏が社長に就任し、函樽鉄道建設第
一期工事として、明治三十五年六月一日、函館~本郷間に着手し、同年十二月十日、
函館、桔梗、本郷(現在の渡島大野)の四ヵ駅が運輸営業を開始し、ここに桔梗駅が
誕生したのである。当時桔梗駅と園田実徳社長宅(現園田、佐々木正氏宅)には鉄道
電話専用線が敷かれ、所用で外出の時には電話で汽車を待たせ、馬車に乗って悠々と
駅に行ったとということが、古老から伝え聞かされている。
函樽鉄道設計当時の本線は、函館区若松町を起点として大野本村を経て大沼を通る
ように計画されたのであったが、函館区内に鉄道を敷くことは交通上危険を伴うとい
う理由のもとに反対され、敷地に関する利害の打算から附和雷同する者があって、結
又、大野本村を経て大沼に出れば勾配が緩やかで索引力が強められるため大野村の
理解と協力を求めたが、当時の住民は陸蒸気の走る振動によって畑地がひび割れをお
こし、作物に悪影響を及ぼすのではないか、又、煤煙のために稲などの開花結実が妨
げられるのではないかという警戒心から大反対に遭遇し現在のルートに敷設すること
になったのである。為に桔梗村は、産業、経済、並びに日常生活に多大の恩恵に欲し
ているのに反し、大野本村はバスのみに頼る交通の不便さを余儀なくされている。
尚、函館駅は明治三十七年七月一日、現在の位置に移転し従来の駅は亀田駅と改称
されたが明治四十四年八月二十九日に廃止となり同年九月一日五稜郭駅が開業した。
桔梗駅は開業以来、函館市の郊外として、又、亀田村農業の中心地として村の発展
と共に幾多の変遷を経て今日に至っている。
その間、鉄道は明治四十年七月一日国有鉄道法の公布によって国有鉄道となり長い
間官業の形態をとってきたが、昭和二十四年六月一日「日本国有鉄道(公共企業体)
となり、桔梗駅も名実共に村民のための駅として発足した。
運輸概況については別表に示してあるように、戦時中の資料は終戦と共に焼き捨て
たため掲載できなかったが、大正六年の一日平均の乗降者人員(桔梗小学校保存、亀
田村村史)が九十三名~九十九名であるに比し、戦後の二十一年には輸送難(旅行難)
の最も激しい時期であったが約七倍の六三〇~六五〇名の利用者を見ている。これは
人口増加によることは言を待たないが、函館市内への通勤、通学者が非常に多くなっ
たことや、野菜の朝市販売、文化の恩恵に欲するために出函する者などが多くなった
ためと思われる。戦後は、年々利用者も増し二十三年には一日平均七五〇~七六〇名
の戦後最高を示しているが、二十四年には大中山駅の開業から、四五〇~四六〇名に
減じている。その後函館バスの運行回数も多くなったが大勢に影響なく三十一年九月
から気動車の運転に伴い、一層利用者が多くなってきている。
減じている。その後函館バスの運行回数も多くなったが大勢に影響なく三十一年九月
から気動車の運転に伴い、一層利用者が多くなってきている。
貨車発送トン数では昭和二十六年十月から日鉄赤沼鉱山採掘再開のため、出貨が急
激に増加し、昭和二十八年には、青函局管内に於いて、函館、五稜郭、上磯に次いで
発送トン数第四位になっている。三十二年には赤沼鉱山の閉鎖から発送トン数も急減
したが、本村の特産物である馬鈴薯、野菜、ビートなどはその需要に応じ、道内、他
府県に移出し、その輸送量も年々増大し、二十六年から三十二年の間に二~三倍の発
送トン数になっており、交通に、産業、経済に、そして文化の進展に桔梗駅の果たし
ている役割は大きく、村と共に愈々発展している。
次回に続く
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