「桔梗沿革誌・三軒家の開拓」での偉業を讃えた福田和助翁記念碑福田和助翁記念之碑は写真奥赤い鳥居の右奥にある画像はクリックして拡大できます 「桔梗沿革誌・三軒家の開拓」で福田和助翁の開拓における偉業とその徳を讃えた記念碑の存在を知り早速探してみた。 その
2019年02月
開基百年記念「桔梗沿革誌」(11)第二節 三軒家の開拓
画像はクリックして拡大できます 第二節 三 軒 家 の 開 拓 本村の穀倉地帯といわれている三軒家、その名の如く明治十七年秋田県釋迦内村から福田和助(嘉永四年生れ)が、翌年親戚関係にあった福田作助、福田幸吉が北海道にあこがれて渡道され、道南の
「交通安全看板」設置しました
「交通安全看板」設置しました10区(桔梗5-21-4付近)の道路で、「冬季間、自動車によるスリップ事故が多発し危険な状態」な為、会員さんから対策の要望が区長さんを通じて桔梗町会に寄せられました。現場では、高速側道からの下り・カーブである事から危険であると確認され
2月23日(土)桔梗地区地域ケア会議を開催
午後1時30分より桔梗町会館で『「誰もが住みやすい町を考える②」~ここからはじまる町づくり!私たちができること~』と題した地域ケア会議が行われた。 町会、介護支援専門員、保健・医療の専門職、福祉の専門職、民生児童委員、自治会長、行政職員等凡そ40人ほ
開基百年記念「桔梗沿革誌」(10)第六項 サイベ沢遺蹟
画像はクリックして拡大できます開基百年記念「桔梗沿革誌」(10) 第六項 サ イ ベ 沢 遺 蹟 広大な亀田平野を背にし、盡(つ)きることのない自然の宝庫で山の幸に恵まれ、前面はアサリ、ホッキ等の貝類を始め魚類、海獣などの海の幸が豊かであって大自然と共に生
開基百年記念「桔梗沿革誌」(9)第五項 比 遅 里 神 社 桔梗村地名の由来
画像はクリックして拡大できます 第五項 比 遅 里 神 社 比遅里神社は安政五年(1858年)の創立で、神体は聖徳太子の絹絵図であって神体の出所は現在も不明であるが、おそらくは東本願寺であろうと言われている。 毎年九月二日宵宮祭、三日に本祭を行ってい
凍結した大沼から見る駒ケ岳
2月10日 第15回大沼湖上ウォーキングに参加した。凍結した大沼を大沼セミナーハウスから、キャンプ場までの約4.5キロを歩く。老若男女 どちらかというと元気な女性が多かったかな。 中間地点 実は折り返し点駒ケ岳がきれい。中間地点、氷の厚さ45センチ。キャンプ場から
開基百年記念「桔梗沿革誌」(8)第一章 桔梗村開拓の由来 第四項 宝 皇 寺
画像はクリックして拡大できます 第 四 項 宝 皇 寺 開拓と教化とに多大の努力を傾注し、現在の基礎を築いた東本願寺別院宝皇寺は、安政六年巖如上人の開基によるものであるが、本院から勤番を置いて移住民を教導してきたが、後に箱館奉行小出
寒かったけど、温かいおもてなし
市民手作りの様々なキャンドルで函館市内を彩る冬のイベント「シーニックdeナイト2019」が2月2日(土)から石川町の函館新道で始まり、その後市内各地で24日まで開催された。 石川会場では、近隣の4町会関係者の他、少年野球団や稜北高校生など約500人が、新道の両側に170
開基百年記念「桔梗沿革誌」(7)第一章 桔梗村開拓の由来 第ニ項 移民の保護とニ大事業 ~ 第三項 桔梗村の獨立
第ニ項 移 民 の 保 護 と ニ 大 事 業 次に居住民に飲料水を供給するために、給水溝を掘る事、並びに交通運搬の便を計るために、道路を開墾する事を計画、これを開拓当初の二大事業として、東本願寺は工費三百九十両一分(御別院日記による)を投じて、念仏沢及び